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2009年10月06日
「よき村人」と個性
かつてのよき村人といわれるものは
先ず何よりも村の風をよく理解して
これに従うことであった。
つまりその村の色に最もよく染まることであった。
これは一見自らの個性をなくするように見えるけれども、
それによってむしろ個性が生かされもしたのである。
宮本常一『家郷の訓』より
**
個性とは、しゃしゃり出ることではない。
郷(組織)にしっかり馴染んだところで、
自分の役割が見えてくる。
そして、それが個性になるというわけ。
宮本常一は、私の心の師匠です。
posted by seike at 08:25 |
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